井川ヒロトのブログ

志について探求を続ける 井川 ヒロト が、いつまでも青臭い心(ブルーハーツ)でニュース・社会・政治・教育・作品(映画、演劇、インプロ、音楽、本、DVD、TV番組・ラジオなど)の批評や日常の思った事を青っちろい言葉で記事にします。※記事の内容は執筆者個人の見解であり、所属団体の公式見解ではありません。

9月入学・学期始まりについての論点整理

9月入学・学期始まりについて、いくつかのFacebookの教育系グループへのコメント募集を行って集まった意見と、ネットで見られる意見を基に、論点整理を行ったのでまとめておきます。

9月入学
9月入学


どんな政策の決定についても、どちらを選択したとしてもメリットだけ、デメリットはそれぞれあることを踏まえつつ、意思決定をする必要があるのだと思います。


できるだけフラットに論点整理をしつつ、ざっくりと2つの論点にまとめて整理してみます。

【論点1】9月始まりにするために行政はコロナ騒動の仲リソースを裂くべきか?

9月始まりにするには、政府・自治体職員・現場教員に負担がかかるため、コロナ騒動がある中で9月始まりとするためにリソースを割くべきか?

会計年度と学年がズレること、学事日程の変更、子どもの入学月の変更に伴う事務負担が増えるため、9月始まりにすべきではないあるいは今の時期に行うべきではないという意見も多くあります。


この論点を考えるためのポイントとしては、メリット・デメリットを考えるという当たり前の事に加えて、今年度の学期始まりが6月からとなろうが、8月からとなろうが、9月からとなろうが、どちらとしてもそこには学事日程の調整や単位調整、環境整備といった膨大なリソースを伴うことになります。


開始を来年4月始まりにした場合、教育関係の役所担当者や、教員のリソース投下は最小限になりますが、我々は今年1年間経済活動を止めること、学生の教育を1年間丸々遅らせることからくるデメリットを受け入れる覚悟をしなければなりません。
(その反面、コロナで亡くなる方を最小に抑えられるというメリットを享受できます)


ちなみに大学に8年間勤めていて、9月受入、9月卒業も学事日程として組み込まれていましたが、会計年度と入学時期がずれることについては、実務上そこまで大きな影響はないというのが実感です。

もしかしたら初年度については予算編成時に想定していなかった費用が掛かるといったこともあるかもしれませんが、初年度だけは予算を超えてしまうこともある程度柔軟に対応するように行政が対応すれば、現場の負担も少なくて済みます。(限られた予算の中で対応しなければならないために工夫するリソースが掛かるので、そこは予算でカバーする)


【論点2】コロナが収束する時期が読めない中で、いつからどのように教育を行っていくべきか?

「そもそも、8月末までにコロナが収束できないのではないか?だったら9月始まりもできない」という意見は多くありました。

他にも同様に「9月始まりにして、また今回と同じような事態が起きたら4月始まりに戻すのか?」といった意見も多くありした。


これらの意見はごもっともです。ですが、論点に立ち返って、「我々はこの状況の中でどのように教育を行っていくべきか」を考えなければならないと思います。


それが4月始まりであれ、9月始まりであれ。


例えば、同様の伝染病が今後も流行ることに備え、教育格差をなくすために、オンライン授業を行うためのインフラ整備を、これを機に意思決定して取り組む必要があるかもしれません。
(5Gの導入と合わせた家庭内通信環境の整備はマストかもしれません)


論点1にも繋がりますが、9月学期始まりにした場合、6月から本格的に準備を開始したとして3カ月足らずで準備をしなければなりませんので、リソースはかかりますが、教育の遅れを最小に抑えることができます。

リソースはかかりますが、現場教員の方にとっては、通常教学指導がほとんどない中で、その準備の為だけに自らのリソースを避ける貴重な時間を取ることができると取ることもできます。


4月始まりにする場合は、変更に伴うリソース利用を最小に抑えることができ、オンライン授業を行うためのインフラ整備にも比較的時間をかけて行うことができますが、先ほど述べたようなデメリットを受け入れる必要があります。



印象論だけで判断をするのではなく、このような論点を踏まえ、9月入学・学期始まりとすべきか、学期時期の変更など行うべきではないのか、判断をしていくべきだと思います。


私自身は、教職員を8年間行っていた経験、そして企業の採用担当も行っていた経験、そして上記論点を踏まえるとどちらかというと9月入学・学期始まりに変更するほうが望ましいのではないかと思っていますが、もう少しその辺りは深堀りして考えていきたいと思います。


最後にテレ東ニュースで、9月入学のメリット、デメリットについて短い時間で良くまとめてくれているものがありましたので、紹介して起きたいと思います。


【解説】急浮上「9月入学」実現するか? メリット、デメリットを篠原官邸キャップが解説




淘汰されない大学

アエラが「淘汰されない大学ランキング」特集を組んでたのでかなりざっとだけど斜め読みしてみた。
ようは淘汰の時代は始まってて、リスクとって投資できて、職員が優秀な大学が生き残るってことかな?

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dot.asahi.com

元大学関係者の身からすると、その通りかな。


リスクテイク
昔は保守的な方が健全な経営できたけど、少子化で競争原理が生まれている今はリスクとって投資(株式投資って意味だけじゃない)できないと厳しいと思う。

職員力
大学職員と教員って、国会議員と官僚の関係に似てると感じてた。(教授会≒国会で)ルール作るのは教員で、予算とって実行するのは職員。もちろん何をするかWHATを決めることは大事なんだけど、どうやるかHOWも、この構造の中では大事(企業だとまた違うけど)。
ようは、クレバーな職員がやりたくないWHATを押し付けられた時にどうするかというと、結果が出ないようにHOWを実行して、結果検証はちゃんとやって「このWHATはあまり効果がありませんでした」って報告まとめて次年度の予算から削る。まあそこで立法と行政間の自浄作用が働いていると言えば働いているんだけれども、クレド意識の低い人が多いと、結局はそこで本質が失われてしまい、競争力のあるモノは生まれない。

キャリアコンサルタントから見るティール

newspicks.com

 

この記事のために、久々にNewspicksのプレミアム会員になってしまった。NPの思うツボだな笑
ティール組織はここ数年読んだ中で最も興味深い本です。私が考えるティールの要点とは以下の三つの視点でモノを見ようとする覚悟のことです。


1.人を信じる
2.リソースを見る
3.構成主義的モノの見方

 

1.人を信じる
X理論とY理論の文脈で語られていますが、人を信じて人に接すれば、人はその信頼に自ら応えてくれるということです。そして情報格差を作らないという事です。

ヒエラルキー型の組織では、組織内で情報格差を作る事で立場を維持するマネージャーがいます。一方現場の社員は限られた情報しか持たされていないにも関わらず、主体性を求められるというパラドックスに置かれています。情報も与えられず、疑心暗鬼の中主体性を持てというのは無理な話です。

ティール組織の中では、社員は全ての情報にアクセスできる(全社員の給与情報も含めて)ことが推奨されています。

情報格差を極力なくすことが、社員が主体性を持つために必要なインフラなのです。そしてそのためには「人を信じる」という視点で人を見て組織を運営する思想が欠かせないのです。

 

2.リソースを見る
自分自身も、他人に対しても、足りない点を見つけて問題として取り上げて、原因究明をしていく問題解決志向が蔓延しています。

いわばコップの水の入ってない部分にばかり注目するわけです。

そうではなくて、コップに入っている水(リソース)に注目をして、そのリソースを使ってどう前に進んでいくか、組織に貢献していくか、理想に近づいていくかを考えるSolution focusなモノの見方をする事です。
お互いのリソースに注目する事で、自信と仲間への信頼に満ちた空間に組織がなってきます。

自分自身を、自分の言葉をあるがままに、肯定的に受け止めてくれる空間に一度身を置いてみてください。とても心地よくて、安心して、自分自身でいることができます。自分らしくいられる組織であることもティール組織では推奨しています。

とはいえ、そんな空間はなかなか見つからないですよね。

そういう空間が身近にない方には、インプロ(即興劇)を観に行くことをお勧めします。

インプロとは台本のないお芝居です。台本がないので、お客様からお題をいただいたりして、話しをその場で創り上げていきます。どうやってそんな事を実現しているかというとそこにはたった一つのルール”Yes and”(相手を否定しないで受け入れて、自分も一つ返す)によって、物語を構成していきます。そこにはどんなに変なことでも、普通のことでも、否定は存在しません。インプロショーにはそういう空間が広がっていて、観に行くだけでも幸せな気持ちを味わうことができると思います。

 

3.構成主義的モノの見方
これはあとがき近くの章でポストモダンという言葉で改めて説明されています。
要は客観的な事実よりも、その人が見て感じた主観によって世界は成り立っているという考え方です。
この概念は一見分かりにくいですが、これこそがティールが最先端で、現代社会において求められる所以だと思います。
客観的事実と理性だけで考えていても同じような答えしか出せません。主観と感性の世界から人やモノゴトを見ることによって、より人間的で本質的な価値のあるモノを創ることができて、そこに関わる人の自己実現にも繋がる空間を築けるのだと思います。

 

そして、ティールは客観的で理性的な理論ではなくて、主観と感性といった「モノをどう見ようとするか」という唯一絶対の理論という言葉には表せない概念であるため、帰納法的に実践的取り組みを紹介する方法で紹介をされているのだと思います。

 

ティール組織自体は割と分厚い本で、一見とっつきにくいですが、今回のNewspicksのティール組織特集では、図解つきで5分で分かる記事にまとめていたり概要が分かりやすいので、是非一度この機会に読んでみて欲しいです(NPの回し者じゃないです)。

 

newspicks.com

 

ほんとはもうちょっと今回の記事で書いたことの一つ一つを掘り下げて書きたいのですが、長くなるので今日はこの辺で。

ではではまたです。

ではでは。

 

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現

 

 

 

飯伏幸太と平沢進

プロレスラー飯伏幸太のG1クライマックス2018が終わった。

 

 

飯伏幸太デビュー10周年記念DVD SIDE NJPW

飯伏幸太デビュー10周年記念DVD SIDE NJPW

 

 

今年の飯伏は明らかに進化したと思う。

それは優勝決定戦に進んだって事実が証明している。

 

常に安定的な強さを誇る棚橋選手の様な方も好きだけれど、トランス状態になって戦う飯伏選手の方が波はあるけれど個人的には好きだな。

 

常に何が起こるのかが分からないっていうわくわく感が味わえる。

恐らく飯伏選手本人も分からないままにやっていて、そのライブ感が楽しい。

 

飯伏選手の事は、顔のかっこよさだったり、技のキレだったり、色んな所でプロレスやったりが取り上げられること多いけれど、個人的にはトランス状態になるところが好き。

 

私の中でトランス状態に引き込む音楽と言えば平沢進氏の音楽で、だから飯伏選手と平沢進氏の音楽の相性は良いのではと思う。

 

 

パプリカ オリジナルサウンドトラック

パプリカ オリジナルサウンドトラック

 

 

そんなことをつらつらと考えながら平沢進氏をwikiで調べていたら、なんとプロレスと繋がりが!

 

あの長州力「パワー・ホール」やストロング・マシンの入場曲「ハリケーンズ・バム」も「福来良夫」の名義で作曲しているらしい。

 

できれば飯伏選手の入場曲も平沢さんに作って欲しいなという願いを籠めて。

 

 

Ash Crow - 平沢進 ベルセルク サウンドトラック集

Ash Crow - 平沢進 ベルセルク サウンドトラック集

 

 

 

悪法も法なり

悪法も法なり

 

この言葉は好き。

 

諸説あるみたいだけれど、ソクラテスの言葉が語源になっているらしい。

 

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

 

 

この言葉に行きついたのは確か、パラドックス定数という劇団の芝居「東京裁判」で語られた台詞「法は絶対である、故に平等である」だったと思う。

 

僕自身、これまでに全ての法律を守れている自信はないけれど、でもどんな法律でも守ろうとする意志を持つからこそ、悪法は正そうというエネルギーになると思うから。

 

法律家とか弁護士っていうと、今ある法律の中でどう生き抜けばよいのかを教えてくれる人ってイメージの方があるけれど、本当はより良い社会、より良い世の中にするためにどういう法律であるべきかを考える気概のあった人こそが真の法律家だと思う。

 

この法律家って、実は僕ら自身の中に身近に存在していて、僕らが法律家であれると思う。

住んでいる地域や、会社だったり団体だったりにも、大きなものから小さなものまでいろんな規程やルールがあると思う。

 

その中には、非効率だったり、誰かが困ったりしている悪法もあるだろうし、あるいはある仕組みや決まりを入れることで、もっとハッピーは人ができる場にできるかもしれない。

 

ピーター・ドラッカーを日本に紹介し、ソフトバンク孫正義氏、HISの澤田氏、パソナの南部氏の師匠である野田一夫先生という方がいて、僕も一応野田先生の生徒の一人だけど、野田先生の「愚痴を言うなら提案をしろ」って言葉をよく覚えてる。

 

悪法である現状に愚痴を言ってても仕方がない。良くするための提案を考えようって。

そのエネルギーを持つには、悪法だろうがなんだろうが、現状を愚痴を言って斜に構えるんじゃなくて、まっすぐに受け止めることなんだと思う。

 

きっとソクラテスはそう言いたかったんじゃないかなと。

 

死刑という裁判の結果を、弟子たちの必死の説得にもかかわらずそのまま受け入れたソクラテスの弁明から受け取った今日この頃。

 

 

文章が全然まとまらなかったけれど、たまには頭の中垂れ流しの文章でも良いかなと。そのまま垂れ流してみた。

 

 

悔しかったら、歳を取れ! ―わが反骨人生 (ゲーテビジネス新書)

悔しかったら、歳を取れ! ―わが反骨人生 (ゲーテビジネス新書)

 

 

 

賢者の訓導

賢者の訓導