イガワヒロトのブログ

志について探求を続けるイガワヒロトが、いつまでも青臭い心(ブルーハーツ)でニュース・社会・政治・教育・作品(映画、演劇、インプロ、音楽、本、DVD、TV番組・ラジオなど)の批評や日常の思った事を青っちろい言葉で記事にします。※記事の内容は執筆者個人の見解であり、所属団体の公式見解ではありません。

三国志

吉川英治著「三国志(全八巻)」を読んだ。

(2010-09-12はてなブログ掲載記事を加筆修正。)

吉川 英治「三国志講談社)」

本を読むことが得意ではない私にとって、小さい文字がびっしりの全八巻のこの大作は、当初読むのがはばかられた。

なにせ、17、8才くらいの頃に父の本棚で見つけて読みたいという興味を持ってから、決意をして実際に読むまでに10年もかかったのだから;;

結論から言うと三国志は「読んで良かった」と強く感じさせてくれる作品だった。

その理由は、数ある作中の名言の中でもこの言葉を教わったことに集約される。

第八巻P.332

「時代の判定以上な判定はこの地上においてはない。」

この言葉は逆説的にとらえると、「今」の真理を知りたければ歴史を振り返れ、という歴史を学ぶ意義を教えているのだと理解できた。この事を教わったことは今後の人生において非常に大きなことだと直感出来たから。

<以下心に残った言葉を抜粋>

■第五巻P.150

「陣中戯言なし」

諸葛亮孔明が呉の周瑜の計に乗り、3日の内に十万の矢を用意する有名な話しの際の言葉。

■第六巻P.96

「人と人との応接は、要するに鏡のようなものである。驕慢は驕慢を映し、謙遜は謙遜を映す。人の無礼に怒るのは、自分の反映へ怒っているようなものといえよう。」

劉璋という暗君が納めていたころの蜀の張松が、傲慢な態度をとる曹操に対しては思いあがるよな態度で接したが、礼を尽くす劉備の前では謙虚に接した様子。この外交がきっかけとなり、劉備は蜀を得て、孔明の魏・呉・蜀天下三分の計は果たされた。

■第六巻PP.134-136

どんな英傑でも、年齢と境遇の推移とともに、人間のもつ平凡な弱点へひとしく落ちてしまうのは是非ないものと見える。むかし青年時代、まだ宮門の一警手にすぎなかった頃の曹操は、胸いっぱいの志は燃えていても、地位は低く、身は貧しく、たまたま、同輩の者が、上官に媚びたり甘言をうけて、計るのを見ると、(何たるさもしい男だろう)と、その心事を憐れみ、また部下の甘言をうけて、人の媚を喜ぶ上官にはなおさら、侮蔑を感じ、その愚をわらい、その弊に唾棄したものであった。」

その曹操も、甘言を言う当時の魏にあって、唯一善言を述べていた荀彧の

「その精神と節操を、門の飾りや往来の見得などと取り替えるなどは、実につまらぬ人生の落ちではありませんか」

という言葉を聞かず逆に荀彧を死に追いやった。

私も今は、媚を売る人や媚を喜ぶ人には侮蔑を感じる。仮に将来私が若干の富や地位を得たとしてもこの教訓を生かし、常に今の心を忘れないようにしなくては。

■第七巻P.150

「上層中流の人士でもかつての自国の歴史に徴して、その時代時代に適応した解釈を下し、自分たちの人為をすべて天象や瑞兆のせいにして、いわゆる機運を醸し、工作を運ぶという風であった。」

漢朝から曹操へ帝の位を譲る決断を曹操へさせるため、魏の官があらゆるでっち上げをして曹操を説得した。歴史や事実を自分たちの都合に合わせて変える浅はかな様。

これは、ある一か所にて正とされていることが、必ずしも絶対の正義とは限らないということも示唆している。

そしてこれらの矛盾を孔明が、第八巻P.46にて

「その論旨は自己撞着と欺瞞に過ぎず、聞くに堪えない詭弁である。さらばまず解いて教えん」

として魏の王朗に向かって論破しているのが実に痛快である。

■第八巻P.109

「もし予に過ちあったときは遠慮なく善言してくれい。それが忠誠である」

魏に大敗した際の孔明の言葉。総帥であった孔明のこの「素直さ」と「謙虚さ」から、蜀はより強く結束を新たにした。

■第八巻P.151

「敗れて退くにあらず、勝って去るのである。退くとは戦いの中のこと、去るとは作戦による行動にほかならない。」

引き際の意味を考えさせられる言葉。

■第八巻P.168

「うごく敵は計り易いが、全くうごかぬ敵には施す手がない」

司馬懿の守って動かない作戦に、思わず孔明が漏らした言葉。

■第八巻P.355

「もの事にはすべて、始めがあり終りがあり、また中道があります。始めや途中のことなら一時の変ですから、挽回の工夫もあり、立て直しもききますが、今日の変は、要するに、丞相孔明が逝かれた後の万事の帰着です。天数の帰結です。(中略)願うらくはただ、努めて先帝の御徳を汚さぬよう、蜀帝国の最期として、世の嗤い草にならぬよう、それのみを祈りまする。」

蜀が魏に侵略を許した際、会議の席で浅はかな言が飛び交う中、真理を説いた周譙の言葉。

などなど多くの事を学ぶことができた。

三国志の話しは、大きく3部構成に分けることができると思う。

第一部は、劉備関羽張飛と桃園の誓いをして、黄巾の乱などを納めるために奮闘する話し。

第二部は諸葛亮孔明が、劉備三顧の礼で仲間に加わり、天下三分の計を目指し、劉備軍が蜀を獲得するまでの話し。

そして第三部は蜀の統治後の話し。

当初三国志は、劉備を中心とした話しであったが、第三部辺りからは、孔明の話しといっても過言ではなくなる。

彼の思慮深さはもちろんのこと、忠義と礼を備えた姿勢には尊敬の念を覚える。

また、三国志を読み始めて気がついたが、テレビ東京三国志がやたら取り上げられている。

三国演義http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/sangokuengi/)とSDガンダム三国伝http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/sdgundam3gd/

三国演義はちらっと観たが、割と史実を忠実に再現している感じ。今はちょうど赤壁の戦いの辺りで面白い。

SDガンダム三国伝劉備ガンダム曹操ガンダム孫権ガンダムらが、暴虐の太師董卓ザクと戦う話らしい・・・うーんこれはこれで面白いかも?

(ここからは蛇足)ああ、あと忘れそうだったけれど、マイ三国志ブームにのって映画のレッドクリフI,IIも観た。

監督: ジョン・ウー 出演: トニー・レオン, 金城 武, チャン・フォンイー, チャン・チェン, フー・ジュン

レッドクリフ Part I & II」

 

これはつまらなかったなー。自宅近くのツタヤではランキング1位になっていたけれど「なぜ!?」って感じ。

面白くない作品は、興味持てないから分析もあまりしてなかったけれど、改めて考えてみる。

要するに「ハリウッド病」なんじゃないかと思う。ストーリー(レッドクリフでいえば赤壁の戦いの話し)をウスっっっぺらーくして、アクションシーンだったり、女優のきれいさを満喫するようなカットだったり、あとは主演の梁朝偉トニー・レオン)と金城武のかっこよさを満喫するためのカットが満載な感じ。

だからといって、エンターテイメント作品として割り切ってみるには、エンターテイメントとしてはレベルが低い・・・これは期待していた分がっかりな作品だったな。