井川ヒロトのブログ

志について探求を続ける 井川 ヒロト が、ニュース・社会・政治・教育・作品(映画、演劇、インプロ、音楽、本、DVD、TV番組・ラジオ)などについて思った事を綴ります。※記事の内容は執筆者個人の見解であり、所属団体の公式見解ではありません。

就活・採用時期後ろ倒しについて、煽りや誤解が多い件

ご存知の方も多いと思うが、2016年卒採用(今の大学3年生の新卒採用)から、企業の採用活動が後ろ倒しとなる。

この件に関連し、一部のマスコミや評論家、あるいはネット媒体も含め、誤解や誤認をしている方が多いので、以下の3点についてまとめておきたい。

①採用期間後ろ倒しによって、就活(採用)期間は短くなる

②採用期間後ろ倒しは経団連加盟企業しか関係ない

③採用期間後ろ倒しによるインターンシップ・リクルーター制の活発化

<①採用期間後ろ倒しによって就活(採用)期間は短くなる>

採用活動後ろ倒しについて改めてまとめると以下の通り。

●採用情報の公開と、いわゆるエントリー受付解禁(以下「解禁日」という)が、大学3年生の12月からだったものが、翌年3月への3ヶ月間後ろ倒しとなる。

●選考期間が大学4年生4月からだったものが、8月への4ヶ月後ろ倒しとなる。

採用時期変更

図:採用時期変更

よって、「就活期間が短くなる」ということ自体は間違ってはいない。

ただし、実態を捉え、もう少し正確に理解をしておく必要がある。

つまり、建前と実態についてだ。上記の採用活動期間は、「建前」の期間である。

実態は、倫理憲章を定めていた経団連加盟企業であっても、解禁日~4月に掛けて、表立った面接選考以外の選考は行っていたというのは、公然の事実だろう。

それを踏まえて、「実態としての選考期間」を見てみると、

変更前:12月~翌年3月末までの4ヶ月間

変更後:3月~7月末までの5ヶ月間

と、むしろ一ヶ月長いと見る事もできる。

では、面接による選考試験の期間はどうなんだと思われる方もいると思うが、変更前も後も、期間はほとんど変わらない。

選考期間変更前の実質の面接選考期間を見てみると、ほとんどの大手は5月のゴールデンウィーク前後にほとんど内々定を出していた。つまり期間は約1ヶ月程度である。

変更後も、面接による選考期間は8月1日から始まり、10月1日までの2ヶ月間あるため、変更前と比べて短くなったとは言えないのである。

<②採用期間後ろ倒しは経団連加盟企業しか関係ない>

先ほどから示している変更前の採用時期は、(社)日本経済団体連合会(以下「経団連」という)が、大学団体との調整をして発表している倫理憲章によって定められているものである。

そのため、今回の採用選考時期変更も、この倫理憲章の変更であると認識されている方もいるかもしれないが、今回の採用活動時期変更は少し意味合いが違うので説明しておきたい。

倫理憲章とは、大学等関連団体と、経団連が大学等の卒業予定者の就職・採用活動について、大学等の関係団体と経団連で情報交換・協議を行い、合意された内容について経団連が発表する、経団連加盟企業が自己責任原則(努力義務?)で守るものである。

(参考:首相官邸資料「「就職協定」の廃止から現在までの経緯」)

それに対し、今回の採用活動時期変更は、経団連を含む経済団体に対する「総理要請(※1)」が元になっている点で、意味合いが異なる。

この総理要請はあくまで要請であり、罰則はない。ただし、要請された機関は、経団連経済同友会日本商工会議所に対してであり、国内の多くの主要企業を対象に要請をしたことになる。(あえて広義に捉えれば、経済界全体に対しての要請と取ることもできる)

罰則はないものの、各企業にとっては、民主主義によって選出された総理からの「お願い」を無視するかどうかの選択を迫られるわけなので、これまでの経団連に限定されていた倫理憲章よりはより広義な就職・採用ガイドラインであると見ることができる。

また、現在の採用活動で中心的に利用されている、リクナビマイナビをはじめとした就職ナビや合同企業説明会などの運営会社も、このガイドラインを遵守した各媒体の運営を求められるため、仮に中小・零細企業がこのガイドラインを無視して早期の採用活動を行おうと考えても実際には難しい状況となる。逆に言えば、各企業の採用担当者は、この規制の網をすり抜ける企業が現れるかどうかを注視している。

※1 平成25年4月19日に開催された「経済界との意見交換会」において、安倍総理から経済界に対し行われた「平成27年度卒業・修了予定者からの就職・採用活動開始時期変更」の要請。

上記要請を反映し、平成25年6月14日付けで政府方針として発表された、いわゆる成長戦略の「第三の矢」である産業競争力強化に関する戦略をまとめた「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」(P.36)において、文書として各経済団体はその要請内容を改めて確認し、2013年9月13日付(※2)で、経団連が「採用選考に関する指針」として採用ガイドラインを発表した。

※2 細かい話しだが、行政は暦を和暦表記するが、一般社会では西暦表記が採用されているため、元ソースに合わせて暦を書いたため、和暦と西暦が同一記事に混在することになるが、そのまま表記した。

これに追加して、学校では「年度」表記があるし、和暦も西暦もどちらも立てようとして、「平成26(2014)」とか書いたりする・・・

さらに言うと、採用の世界では卒業年を基準に暦表記されるため、例えば2014年10月時点で3年生の採用は、「2016採用」とか言ったりする。。。ええ、もう分けわかんないですよ。

<③採用期間後ろ倒しによるインターンシップ・リクルーター制の活発化>

これも、2016採用の傾向として語られることがある。これも決して間違いではないが、現時点ではきわめて限定的な傾向であることは理解しておきたい。

まず前提として、リクルーター制は、リクルーターを派遣できるほど多くの人材を抱えていて、かつ学歴主義の一部の大企業のみの話し。学生側でいえば関東ではほぼ早慶上智以上の一部の大学生が対象であり、40万人いる就活生の内の、ほんの一握りの人達の話である。

では、なぜ採用ジャーナリストの方たちがこの問題について大きく取り上げるのかというと、彼らが関わるようなリクルーター制を実施している大手企業の採用担当者側の視点に立てば、今回の採用時期の変更は由々しき事態だからだろう。

これまでは、遅ければ前年の12月から始まって、本格的な選考が始まる翌年4月頃までの5か月程度、リクルーターは頑張ればよかったが、これからは8月頃までの9ヵ月間も学生獲得のために活動しなければならなくなったからである。

リクルーター人海戦術のため、人事担当者だけに限らず、各部門の若手が担うことも多い。それも、どちらかというと人当たりがよく、コミュニケーション力に優れた優秀な人材が担当となる。つまり、各部門にみれば、若くてバリバリ働いてくれる人材がリクルーターとして持っていかれてしまうわけである。それも、これまでの様に、4,5か月程度であれば、本業の業務の合間にできたかもしれないが、ほぼ1年間ずっとリクルーターとして優秀な人材に活動してもらわなければならなくなるため、採用体制の見直しも迫れる。

インターンシップについても、限定的であるということは変わらない。

文部科学省がまとめた、「学事暦の多様化とギャップイヤーを活用した学外学修プログラムの推進に向けて」(意見のまとめ)(P.57)によると、確かに10年前と比べてインターンシップ。参加学生数は増えてはいるが、それでも学生数辺りの参加率は、平成13年度が0.9%だったのに対し、平成23年度は2.2%に増えたにすぎない。

もちろん、だからこそ逆に言えば、伸びしろがあるということなので、今後はワークプレイスメント(※3)の導入など、インターンシップの活用に注目すべきであることは間違いないが、現状について正確な理解をしておきたい。

以上、就活・採用活動後ろ倒しに関連し、誤解や誤認が多い点についてできる限り公表されているデータを交えて解説をしてきた。

今回の記事を書こうと思った理由は、世間で伝えられている就活・採用時期変更についての情報は、ある一方向からの解釈の情報のみが取り沙汰されていると感じ、この状況が個人や組織においての誤った意思決定を生み出しかねないと危惧したからである。

誰も悪意を持って情報を歪めようとしているわけではないと思う。

ただ、「これまでよりも就活の時期が短くなるから、より一層の準備をして就活に臨まなければいけない」と就活生へアドバイスする心の中に、「学生のため」だけでなく、就職率向上というミッションは含まれていないか。

リクルートマイナビ等の就職支援企業が中心となって、各企業の人事担当者に対して行われる「これまでよりも採用期間が短くなり、採用競争が激しくなるため、採用予算を多く取らなければ、良い人材が獲得できません」というコンサルティング提案をする心には、営業成績というミッションも少なからずあるのではないか。

繰り返すが、これはどちらも間違いではないし、その声に従うことが正しい場合もある。

ただ一方で、その話しに流されなければ、3ヶ月遅れた就活開始までの期間を使って、留学や研究活動や、それ以外にももっと大切なことに気がつける時期になったかもしれない。

また、採用期間が3ヶ月遅れたことを活用して、これまで2年度分の採用を同時並行で走らせていた採用スケジュールを見直し、もっとじっくりと、学歴や表層的な受け答えが得意な学生だけでなく、より奥底の、魂の共感がその企業と得られる人材かどうかを確認する時間を取る選考方法を取り入れるという意思決定ができたかもしれない。

ある側面から見た解釈のみが圧倒的ボリュームで語られている現状をご理解され、本記事をお読みいただいた方にとって最善の意思決定の一助になれば、幸いである。

※3 企業へお邪魔して、仕事体験をするインターンシップとは異なり、正社員が働く現場に入って仕事をし、報酬を得ながら就業体験をする仕組み。日本ではまだ普及していないが、ベンチャー企業や、欧米企業ではこうした制度を活用が進んでおり、大学卒業と共に、そのまま正社員として雇用されるケースもある。

(参考:リクルート ワークス研究所 海外における長期インターンシップ制度 ―米国・英国の取り組み

就活「後ろ倒し」の衝撃: 「リクナビ」登場以来、最大の変化が始まった(曽和 利光著 東洋経済新報社

就活・転職でもやもやしたら読む本(はあちゅう著 ゴマブックス株式会社)

就職四季報 2015年版(東洋経済新報社編集)