大学進学のコストは1500万円!? その2
その1では、大学進学のコストについて、機会費用という経済学的な観点から見ると、少なくとも1500万円分のコストがかかっていると書きました。
では、この事実を進路選択やキャリア支援に生かしていけばよいのでしょうか?
最近は進学率が上がり、以前に比べて大学に入りやすくなり、「なんとなく」で大学に行ける様になりました。
下図を見てもお分かりの通り、20年前までは30%台だった大学進学率が、現在では50%台にまで増えているわけですから。
(ちなみに、よく言われている「ゆとり世代」と学力低下の関係については、この大学進学率と関係があると、以前の記事「千と千尋の神隠しから考える「ゆとり教育」反対への反対意見」で述べました)
(出展:文部科学省ウェブサイト)
人生において大学に進学するということは、少なくともそれだけの時間とお金と機会を自分自身に投資しているという事なんです。
なので、大学に進学しようと考える人には、それだけの価値を大学生活で見出そうという気概を持って欲しいのです。
ちなみに、私は大学での4年間を振り返って1500万円以上の価値を大学生活で得られたと思っています。
大学時代に出会った人や学んだことによって、私が生きていくうえでの価値観に広がりを持つことができたからです。
今も日々、価値観という地層を掘り進めて、精進に励んでいますが、振り返ると、大学時代に見つけた穴から派生したものを、今も掘り進めています。
それだけ貴重で重要な時間を得ることができた5年間(1年間休学して、オーストラリアに留学していたので)を得ることができたことは、私にとっては1500万円以上の価値があったとほんとに思います。
ただし、誰にでも「ただ大学に行きさえすれば」それ相応の価値が得られると、安易に考えるべきではないと思います。
大学生になる歳を迎えたら、基本的にはその時を充実したものにできるか、楽しくできるか、その逆かは自分次第です。
自分で切り拓いて行かなければならないからです。
誰かが充実した日々や、楽しみを与えてくれると考えることは、全く有益な考え方ではありません。
なぜなら、そうした他力本願な考え方では、大学よりもさらに厳しい社会生活をおくるための能力を身につけることができないからです。
また、高卒と大卒の生涯年収などを比較していったら、長い目で見てペイできるのではと考える人もいると思いますが、その理屈は本当に正しいと言えるでしょうか?
もちろん、その理屈にあてはまる人もいるでしょう。
しかし、資源のない日本がここまで発展した原動力は、ご存知の通り、「ものづくり」です。
資源を外国から仕入れ、日本の「技術」で付加価値を付け、そしてまた外国へ売る。
まぎれもなく、この付加価値を生む技術力が、日本を発展させた原動力です。
もし、勉強も何もやる気がなく通う4年間の大学生活を送っている間に、日本を支える技術を少しでも身につけられたとしたら、その方が良い就職、良い収入、安定的な働きがいのある仕事につけるかもしれません。
私は、大学へ進学する価値を否定したいのでは全くありません。
ただし、「皆が行くから」「なんとなく就職に有利そうだから」と、自分の貴重な人生、時間、お金について思考停止をして欲しくないという事です。
もしあなたが今、「だからといって、やりたいことなんて分かんないよ」と思ったのなら、それは至極まっとうです。
あるべき自分なんて、初めから何処にも無いのですから。
その場その場で、興味のあること、やってみようと思えることを本気で考え、本気で取り組む。
そうしていくうちに、別のやりたいこと、やるべきことが見えてくるかもしれない。
それでいいんです。
本気で取り組んだ過去の経験は、必ずその先に生かされますから。
あなたの歩むべき道、志とは、そうして、一歩一歩、少しずつ磨かれ、自身を照らし出すように輝くものなのです。