イガワヒロトのブログ

志について探求を続けるイガワヒロトが、いつまでも青臭い心(ブルーハーツ)でニュース・社会・政治・教育・作品(映画、演劇、インプロ、音楽、本、DVD、TV番組・ラジオなど)の批評や日常の思った事を青っちろい言葉で記事にします。※記事の内容は執筆者個人の見解であり、所属団体の公式見解ではありません。

常見 陽平に対する。就活時期後ろ倒しの是非

Yahooニュースを見ていたら、常見陽平さんの就活時期を遅らせる是非についての記事に行き当たった。

その内容が私にとってはあまり賛同できない点が多かったため、その事についてまとめておきたい。

 

              政府批判してやったり

その記事はこちら↓

「就活の時期を遅らせよう」では学生も企業も救われない

 

常見陽平さんは、リクルートを経てバンダイの採用担当者となり、現在は独立して人材コンサルタントを行っているかたである。日本の就職活動や採用活動についての著書も出されており、一応採用コンサルタントの端くれにいた身として、その業界では有名な方であると認識している。

 

 

さて、では主題に入るが、この記事の内容をまとめると

政府と経団連が来年度から予定している採用活動を現在の大学3年生の12月から4年生の4月に後ろ倒しするという政策について、時期「だけ」の議論はムダであり、その対案としてはファーストリテイリング等が実施している大学一年生にも内定を出す採用方法など、採用の方法やノンエリート枠の設置など雇用形態が「悪くない案」ではないかというまとめである。

 

この記事が賛同できない点が多いと感じてしまう理由は、結論から言うと

批判だけして対案が大してないじゃん。

という所が一番大きい。

 

ちなみに上記で紹介した常見さんの記事は2013年3月30日付けのエントリー。

この記事の続きのような内容で、2013年6月21日付けでいったい、「誰得?」の就活時期繰り下げ論 これで何がうまれるのか?という記事を出しているのだが、こちらの記事は常見さんの持論を補足するためのデータがたくさんあるだけで、「この動きをもっと我々は監視するべきである。」で対案もなく記事が締められているという「ガイアの夜明け」でよくありそうな展開で、私としては論点がさらにぼやけると感じたため、以前の記事の方をここでは主として取り上げていきたい。

 

 

常見さんがこの政策を批判する理由は主に以下の3点である。

①企業が採用時期規制を守った試しがない。最近はさらに倫理憲章の破り方が洗練されてきている。

②後ろ倒しで学生が救われるわけではない。

(具体的にはA:卒論の阻害になる、B:中小企業に目を向けるのが遅れる、C:学生が支持していない、D:後ろ倒しにしても学生は勉強しない)

③就職・採用活動、人材育成、雇用形態のあり方を変えなければ、時期だけの変更では意味がない。

 

 

では、一つずつ考えていこう。

①企業が採用時期規制を守った試しがない。最近はさらに倫理憲章の破り方が洗練されてきているについて

要するに「今も採用活動時期の倫理憲章は守られていない」ということだが、これは変えても変えなくてもどちらでも良いではないかということであって、変えることが意味がないことの理由にはならない。

 

 

②後ろ倒しで学生が救われるわけではないについて

ここであげられている具体例について考えていく。

A:卒論の阻害になる

確かに就活が長引いてしまう学生にとっては、卒論作成の妨げとなる学生もいると思う。だがしかし、それは採用活動時期が早かろうが、遅かろうが、結局は学生の就職活動への臨み方次第である。

なぜなら、内定をもらえるかどうかの大方の部分は、学生のそれまでの経験と、自己分析の如何によるからである。

必ずしも第一志望の企業に入れる学生ばかりではないだろうが、どの企業からも内定をとれず、就職活動が長期化してしまう学生は就職活動までに語れる経験が少なく、故に自己分析にて導き出される自己概念の開発が未発達であることが大きいためであることが大半である。

であるならば、就職活動時期が後ろ倒しとなる機会を学生が活用して自身の経験値を増やすことができれば、現在よりもよりよい就職をすることができる学生が増えるはずである。

逆に就職活動時期が後ろ倒しになろうが、なるまいが何もしない学生は、どちらにしても就職活動期間が長期化することは変わらないのである。

 

B:中小企業に目を向けるのが遅れる

これは倫理憲章に賛同している中小企業に限ってのことを指しているのであろうか?であれば仰るとおりだが、自身も述べている通りほとんどの中小企業は倫理憲章を守る必要がないので早期からの採用活動を行っている。

大手の就職ナビは表立って稼動ができないという意味で学生にとっては多少就職活動がしづらくなるだろうが、それは「就職ナビ依存からの脱却」を唱えている常見さんにとっては願ったりな状況なのではないだろうか?

 

C:学生が支持していない

そりゃあ大手を受ける期間が短くなるのであれば、学生の指示は得にくいのは当たり前。それに就職活動を初めて経験する学生に対して、「これまでよりも負担は増えたと思うか?」という質問をしたって、比較もしてない感覚の意見のアンケートって意味があるのだろうか??

 

D:後ろ倒しにしても学生は勉強しない

これはAでも述べたが、学生の就活に向けた取り組み次第である。

大学教育のあり方についての指摘は一理あるが、その環境の中で大学教育をどうしていくべきか、こうした取り組みを通じて、議論が徐々に前に進んでいくのだと思う。この辺のことは後でまとめて述べる。

 

③就職・採用活動、人材育成、雇用形態のあり方を変えなければ、時期だけの変更では意味がないについて

ここら辺の常見さんの考え方については確かに今後取り組んでいかなければならないことだと思う。

では、じゃあ経済界、大学、雇われている個々の社会人の合意をとり、就職・採用活動、人材育成、雇用形態のあり方全ての政策がまとまるまで何もしなくて良いということだろうか?

 

してもしなくても意味がない、変わらないということだろうか?

 

現実社会で物事を進めていく時に、そんな理想論を掲げ、それ以外は「ムダ」と切り捨てることこそが意味がないと私は思う。

 

例えば常見さんが例であげている「ノンエリート枠」とは、現在議論が進んでいる「限定正社員」に通じる内容であると思うが、そのこと一つ取ったって、様々な意見があり、世間の理解が進んでいるわけでなく、支持を得られているかというとそういうわけではない。

でも、政策として掲げることで世間に議論を起こし、少しずつその内容について世間の理解を深め、合意を取っていく。

 

そうやって少しずつ少しずつあるべき姿へ動かしていくことの方が、現実社会では一般的なのではないだろうか。

 

 

故に私は、この「政策批判をする」ということこそが、マスコミに溢れる「政府批判してやったり、どうだ国民よ」と同様のポーズであると思う。