原発反対への反対表明(本文)
(まえがきはこちら→
hirokichinews23.hatenablog.com
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今回私が取り上げたテーマは、希望ある未来を自ら切り拓いていくための、核なき世界のための「原発反対への反対」表明です。
一介のサラリーマンである私が、このようなことについて発言をすることは、はなはだ僭越であるとは思いますが、私のような人間でも、尾崎行雄さんがおっしゃった、「演説を持って時代を動かす」ということの精神に触れたいと思い、今日はこうして、考えを発するという場に立つことにしました。
現政権は2030年代に原発稼動ゼロを表明しましたが、あの震災から一年半が経っても、原発に関する議論は落ち着くことなく、加熱しながら堂々巡りを繰り返しているように感じます。
私は、現代政治に一番欠けているモノは説明力であると思います。
政策の正義、根拠、我々が希望を持てる目指すべき未来がまったく伝わってきません。目指すべき未来について理解をしてもらえるよう、あらゆる手段を使ってでも、もっと説明をするべきです。
さて、私が今日ここに来た理由は、
①原発反対をされている方々を批判するためでも、
②我々が経験をした原発被害を忘れようとすることでも、
③ましてや原発推進を声だかに訴えるためでもありません。
私は今日、希望ある未来を切り拓いていくための3つの事を皆さんにお伝えしたいと思っています。
一つ目のお話は、「世界の中の日本」についてです。
原発の問題を考えるとき、考えが内向きになりがちですが、現代社会で本質を見つめるためには、グローバルな視点も必要です。
日本も様々な国内問題を抱えていますが、世界中の国々も同じようにそれぞれの問題を抱え、おかれた環境の毎に、問題に対処しています。
例えば原発ゼロを表明したドイツ、イタリアと日本を比べてみると、置かれている状況は大きく異なります。
彼らは歴史的教訓から、EUという政治的、経済的に一蓮托生に近い多国間の連合組織を形成しています。また、隣国とは陸続きであり、もしも電力が自国のみでまかなえなくなったときにも即座に他国から電力を輸入できる体制ができています。これは海に囲まれ、隣国との外交問題を抱える日本とは大きく違います。
また、その隣国に目を向けますと、中国は現在の約1000万キロワットの原子力発電を2030年には8倍の8000万キロワットにまで増やす計画があります。韓国、台湾も同じく原子力を推進する政策を表明しています。
こうした世界の中に、日本はいるということです。
2つ目の話しは、「原発の被害に遭わないということ」についてです。
私たちは原発を全て止めたとしても、今後何十年・何百年もかけて原発処理の技術開発、場所を見つける事、具体的な方法に取り組んでいかなければなりません。
しかし、今数十年先に撤退すると宣言してしまった分野に、どのようにして若く優秀な人材が関わろうと思うでしょうか。
技術とは蓄積と連鎖です。途切れてしまったら、先には続きません。そして、原発を完全に放棄し、技術基盤を失ったら、私たち日本は、世界に対する原子力政策の発言力を大きく損なうでしょう。
これは、安全性の検証を怠ったり、安全対策をしなくて良いということを意味しているわけではありません。例えば、活断層の上に建設されている原発の見直しは必要でしょう。原発の被害に遭わないためには、国内だけに目を向けていては、不十分だということです。
具体的には、隣国は沿岸地域に原発を今後も建設します。我々だけが原発を放棄しても、我々は隣国の原発事故の脅威からは逃れることはできません。日本で起きた福島第一原発事故において、韓国、中国への影響はあまりありませんでしたが、逆は違います。黄砂を運ぶことでも知られる偏西風があるからです。もしもロシア、韓国、中国などの隣国が原発事故を起こした場合、高い確率で日本も被害を受けることになります。
そして技術基盤と発言力を失った時、彼らに対して「私たちが被害に遭いたくないから、原発を創るのをやめてください」という内向きの声に、彼らが耳を傾けてくれると思いますでしょうか。
そして最後の3つ目の話しは、「私たちが目指すべき未来」についてです。
今も世界には400基以上の原発と、2万個以上の核弾頭があります。
私は日本こそが、核なき世界を目指すリーダーになるべきだと思います。
原爆と原発の被害に遭った歴史、世界トップレベルの技術力、そして産業基盤をもった世界で唯一の国だからです。
ですから原発ゼロなのか、15%なのか、25%なのかではなく、我々があるべき未来の実現の為にどうしたら良いのかを考えるべきだと思います。
具体的には、まず原子力安全技術の向上と核廃棄技術の確立を目指します。
この2つは核を保有する国が全て抱えている問題ですのでこの技術力を持って世界に対する原子力政策の発言力を高めます。
そして、その技術力の提供と引き換えに、原発及び原爆を徐々に減らしていくよう世界中の国々に働きかけていくのです。
ですから、近年中に原子力を放棄すると決めることは、原爆や原発の被害に遭ったという我々の歴史や、核を収束していくことができる日本が置かれた環境、いわば「希望の木」をみずから切り落とすことであり、逆に他人任せにするということであります。私は、希望ある未来は自ら切り拓くモノだと思います。
よって、私は核なき世界のための原発反対への反対をここに表明するものです。