イガワヒロトのブログ

志について探求を続けるイガワヒロトが、いつまでも青臭い心(ブルーハーツ)でニュース・社会・政治・教育・作品(映画、演劇、インプロ、音楽、本、DVD、TV番組・ラジオなど)の批評や日常の思った事を青っちろい言葉で記事にします。※記事の内容は執筆者個人の見解であり、所属団体の公式見解ではありません。

池上彰のやさしい経済学 第11回 日本に残るか海外に出るか~円高と産業空洞化~

昨年BSジャパンで池上彰のやさしい経済学という番組が放送された。

非常に興味深かったが、残念ながら私の家ではBSが観られないため、1回あたり2時間(講義は90分)、14回連載の番組だが、実家で録画してもらった。

それをやっと観ることができたため、その講義メモを書いておきたい。

池上 彰「世界を変えた10冊の本 (文藝春秋・文春文庫) 」

以下、講義メモ。

池上彰のやさしい経済学 第11回 日本に残るか海外に出るか~円高と産業空洞化~

基軸通貨:世界で取引する際にどの国でも利用されているお金

第二次世界大戦前は英ポンドだった、現在は米ドル

1944年7月

第二次世界大戦中に、アメリカのブレトンウッズ45か国で戦争後の世界経済体制について会議を行った。戦争の舞台にならなかったアメリカは、世界各国から武器の注文があり、戦争特需が生まれた。

戦争中は輸送船が破壊されてしまうため、貿易ができなかった。そのため、世界銀行IMF設立など戦後の貿易体制をブレトンウッズで話し合った。この場で基軸通貨を米ドルにすることも決まった。=ブレトンウッズ体制

ケインズはイギリス代表としてブレトンウッズの会議に参加していた。ケインズは国際通貨バンコールという架空通過を基軸通貨にすべき等案を出したが、認められなかった。

米ドルを基軸通貨にするに当たり、まず金1オンス(31グラム)を35ドルと定めた。

世界中から戦争特需で金が集まっていたため、アメリカはいつでも1オンス35ドルで金と交換をするという体制を整えた。つまり国際的な金本位制度が確立された。

IMF国際通貨基金)とは、1946年に設立され、経済状態が悪くなった国を救う機関。

韓国もIMFによって救われた。

世界銀行とは、1945年に設立され、国が新たな事業を行う時にお金を借りる銀行。

1960年代に作られた名神高速道路、東名高速道路東海道新幹線世界銀行からお金を借りて作られた。

マーシャルプラン:戦後ソ連が東ヨーロッパのチェコスロバキアハンガリーなどを援助していた。アメリカは西ヨーロッパが社会主義の国に取り込まれないよう、資金援助をした。西ヨーロッパの国々は経済が発展してアメリカの製品を買うようになった。

その後、西ヨーロッパが発展を遂げたのち、アメリカの援助はなくなったがOECD経済協力開発機構)として機能が残った。

4年間で140億ドル(34兆円)が西ヨーロッパにつぎ込まれた。

やがて、社会主義と資本主義の国々で冷戦が起きた。アメリカとソ連の代理戦争として、1950年朝鮮戦争、1960年ベトナム戦争(資本主義の南ベトナム社会主義北ベトナムの戦争。やがてカンボジアラオスなどまで戦線が広がった)

米ドルを世界にアメリカが使いすぎた。そのため、リスクを避けるためにイギリスとフランスが、アメリカにある金がなくなる前にどんどん金を変えていった。

そのため、1971年に当時のニクソン大統領が金の交換停止を表明した(ニクソンショック

ニクソンショック前までは1ドル=360円だった。

なぜ1ドル=360円なのか?戦前は1ドル=1円~2円だった。

しかし戦後日本の力が落ち、アメリカの力が強くなったため、アメリカの調査団が320円~340円ほどとしたレポートをまとめた。しかし、日本経済を発展させるため、わざと円安レートに設定するために360円の固定レート制にした。

アメリカは資本主義国となった国の発展の象徴に日本をしようと考え、そのような為替レートにした。

その後日本経済が発展したため、プラザ合意によって固定レート制ではなくなり、一気に円高が進んだ。

ニクソンショック後に、ドルの信用が急激に落ちたため、急遽各国がアメリカのスミソニアンで会議をし、1ドル=308円になった。

ブレトンウッズ体制からスミソニアン体制へ。

その後1973年に固定相場制から変動相場制へ移行をし、徐々に円高が進んでいった。

商品を買うためのお金が商品になった。

日本の商品(車など)をどんどんアメリカに販売した。そうすると米ドルで受け取り円に交換するため、どんどん円の需要が高まり円高が進んだ。そうすると、輸出産業は円高のジレンマに陥った。

商品を売るたびに円高になり、利益が下がってしまった。

円高になると輸出産業は利益が下がり困る。一方輸入産業は利益が増す。しかし、儲かっている産業は声を出さないために輸出産業だけがニュースになり取り上げられ、円高で大変という声をよく聞くようになる。

政府日銀は円高になりすぎるのを調整するため、政府・日銀による為替介入をする。政府は政府短期証券を銀行に買ってもらう。そのお金を使って日銀に円売りドル買いをして円安にしようとすること。

しかし、日本の単独介入ではあまり効果がない。他国とタイミングを合わせる協調介入をすると効果があるが、行っていない。

円高が進み困ること>

産業の空洞化

日本生産し、輸出をしても円高であれば利益が低いため、海外で生産をすればよいと考えるようになり、日本の工場が海外に移転するようになる。そうすると日本の雇用が減る。

労働力の安かった中国に工場を建て、輸入をしていたが、中国の労働賃金が上がってきたため、最近はベトナムなどに工場を移転し始めている。

安くて誰でも作れるものは労働賃金の安い海外で作られるようになった。

日本で作るものは日本でしか作れない物、高くても売れるモノしか日本で作らないという動きになってきている。

ドルもユーロもだめなので、次に世界で流通性が高い円を皆買っている。

日本円の流動性が高いことも、円買いの魅力の一つになっている。中国元は流動性選好が低いため、買われない。

池上 彰「池上彰のアフリカビジネス入門(日経BP社)」